帯の推薦文に、みなもと太郎先生が次のようなコメントを寄せている。
「実にマンガ界この十年の最大の収穫だと思います」(後略)
年季の入ったマンガ読みがここまで言っている。どうして無視できようか。
ちなみに自分(桝田)は、『夕凪の街』雑誌掲載時に読み逃してしまったクチ。 『桜の国』掲載号は買えたのだけど。 だから単行本を楽しみに待っていた。 再録も読まずに我慢した(楽しみは後にとっておくタイプの人間なのだ、自分は)。
朝イチで近所の本屋にて購入し、矢も盾もたまらず電車内にて読みふけった。 たとえ電車内だろうが号泣する覚悟で。
読み終えた。読み終えた時点では泣けなかった。
カタルシスを感じて体に電流が走ることも無かった。
つまらなかったわけではない。むしろ久々に没頭して読んだ。
だけど、泣けなかった。正確に言えば、
「さあいよいよ泣くぞ」
と身構えた矢先に物語が終わってしまい、とまどってしまったのだ。
『夕凪の街』は昭和30年の広島の下町(スラム街と言った方が近い)に住む、 一人の被爆女性の恋と生と死の物語だ。
誰もあの事を言わない いまだにわけが わからないのだ
わかっているのは「死ねばいい」と
誰かに思われたということ
思われたのに生き延びているということ
(↑作中より引用)
声高に反戦を叫んだりはしない。
あの戦争を忘れないようにしましょうとアピールしているわけでもない。
ただ、一人の女性を通じて「ヒロシマ」とはなんだったのかが描かれている。
あとがきで作者は
>このオチのない物語は、三五頁で貴方の心に沸いたものによって、はじめて完結するものです
と書いている。
言われるまでもなく、唐突な幕切れで放り出された僕は本を閉じて
「なぜ泣けなかったのか」
考えてみた。
語られなかった行間と物語の帰結に思いを馳せた。
自分の脳内で物語が補完されたとたん、
不意に声と涙を漏らしそうになった。
電車の中でなければ泣いていたと思う。
これまでそれなりに色々なマンガを読んできたが、 こういう形で涙腺を刺激されたマンガは他に無かった。 これから幾度となく読み返そうと思う。