客観的・合理的な物語の帰結。SFの屋台骨。SFの限界。『5分間SF』を読んで思ったこと。
5分間SF (ハヤカワ文庫JA)
草上 仁
早川書房
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感想を書くのはきらいじゃないのですが、結局のところ
「面白かった」
くらいしか言えないので、あまり自分のブログに書くことはなくなりました。
面白くなかったら、そもそも感想など書きません。
そんなわけで、自分のブログのエントリとしては13年ぶりの小説の読書感想です。えらいことです。
読んだのは既に示した通り、草上仁氏の『5分間SF』。”10年ぶり(短篇集としては16年ぶり!)の新刊“だそうで、そりゃあ、買って読まねばなるまいて。なりますますまいまいて。
正直に言えば、『5分間SF』という書名も”このオチを予想できますか?”という帯キャッチも好きじゃありません。私が草上仁氏の作品を読むのは圧倒的に面白いからであって、五分で読めるからでもなければ、オチ予想パズルに正解したいからでもないのです。
挿画も真鍋氏・和田氏のイラストを折衷して現代的にした感じで、好ましくは感じますが、どうしても
「星新一テイストで売りたい」
という出版社サイドの狙いが鼻につきます。
各作品のタイトル下に、どういう作品か一行説明が入ってるのも、
「現代の読者はそこまで読む能力が落ちてるの?」
と唖然としました。
でも。しかし。デモもカカシも。
それでも
「どんな手を使ってでも売る!売って次につなげる!」
という強い意思を感じたのです。だから、書名と帯に不満でも発売日にポチりました。
センスのある書名、装丁、挿画でも、売れなきゃしょーがないのです。 短編集が 16 年も出なかった事実は、過去の短編集があまり売れなかった裏返しだと推測せざるをえないのです。
つまり、買い支えなかった私が悪い。ファンだと言いながら、全著作の 20% くらいしか購入してなかった。あきらかに私のような熱心じゃないファンの信心の足りなさが原因なのですよ。
ちゃんと買ってたら、『ゆっくりと南へ』みたいなナイスな表題作が書名になって、挿画も素敵な単行本が、また出るだろうと、そう期待して、買いましたし、こうして感想も書くのです。売れろ!次につながれ!
ちなみに『ゆっくりと南へ』は私のもっとも好きな作品です。短編集としてもこれが一番好きかも。
ゆっくりと南へ (ハヤカワ文庫JA)
草上 仁
早川書房
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さて、では、感想を述べます。アラフィフの脳みそでは、どうせ3ヶ月後にはあらかた忘れてるので、自分の備忘録的に書きます。
大恐竜(SFマガジン1991年2月号)
アイデア的には他愛ない作品。オチが途中で(最初から?)予想つくのも、作者承知の上じゃないかしら。
見どころは探検隊モノをパロディにするでもなければツッコミを入れるでもなく、
「下請けの悲哀を込めたペーソスの笑い」
を盛り込みつつ、なんとか大真面目に探検隊ものたらんとする主人公たちの描写にこそあります。ボヤき漫才的な笑い。
扉(SFマガジン1991年9月号)
SFマガジンで読んだ記憶がありました。SFマガジンはめったなことで買ってませんし、この号も買ってないので、おそらくたまたま大学か地元の図書館で読んだのでしょう。
今となっては途中でネタが割れる作品ですが、1991 年の当時だとそうでもなかったと思います。
マダム・フィグスの宇宙お料理教室(SFマガジン1998年3月号)
ときどき見られる、それにしても作者ノリノリの大暴走である……な作品。たまにあるから良い、というのを作者もわきまえているのだと思います(←えらそう)。大好きです、このノリの系統。
オチはびっくりするほどに古典SF的なんですが、それに気づかないほど、オチなんかどうでもよくて、過程の描写にこそ醍醐味がある作品。
最後の一夜(書き下ろし)
余韻を感じさせるラスト。なぜ「食事」が延期されたのか。行間を読ませ、考察したくなる佳作。
カンゾウの木(SFマガジン2001年6月号)
これも本誌で読んだ記憶があります。特集に引かれて本屋で立ち読みしたか、図書館で読んだかでしょう。
こういうハイテクとトボけた味わい、というシチュエーションは好み。それにしても「ネットサーフォン」が、死語になるとは思ってなかったですねえ当時。
断続殺人事件(SFマガジン2001年4月号)
なんだか釈然としない話。いや、タイムパラドクスものはどうしたって釈然としないので、そこはいいのだけど。
タイムパラドクスについて釈然としないわりには、ラスト4行は、非常に理にかなった物語の〆になっていたので、そこがなんか「もったいない」気がしたんですよね。
つまるところ、草上仁氏の作風はあきれるほどに純粋SF的であって、客観的世界に合理的論理展開で組み立てられていたのだなぁ、と再確認したのです。
客観的世界に合理的論理のある物語展開。それこそがSFの醍醐味であるし、草上仁氏の持ち味なのだけど、そういうのを一切合切無視して、つい
「これが純文学や幻想文学だったら、もっとわけわからん展開やセリフで読者を放り投げるラストで、意味わかんなくて面白かったり面白くなかったりするのにな……」
と思ったのです。
「ごめんなさい、なにも考えていませんでした」という人が一人でも現れると、すべての論理は崩れ去ってしまうのだ
引用元:森博嗣,MORI LOG ACADEMY: 危うい論理性,
https://web.archive.org/web/20080818122822/http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2008/08/post_2043.php
というのはミステリについて述べられた言葉でありますが、SFにも当てはまりそうに思えます。
ブラッドベリがSF的な世界観ながら幻想文学に分類されがちなのも、そういうことなんじゃないかと思うのですよ。彼の作品にはときどき、非論理的な展開が含まれます。そして、そこが魅力だったりします。
これはどっちがいいかという話ではなく、単に嗜好の問題でしかないのですが。
物語が客観的・合理的に構築されてる点がSFの面白さを支え、同時にその縛りがSFに限界を作っているのだなあ、ということを考え、複雑な気持ちになりました。
長々と書きましたが、結局のところ何が言いたいかというと
「もったいない」
……と感じてハッとしたということです。
だからと言って、草上仁氏に幻想文学的な作品やガロ的な作品を描かれても困りますけどね。
半身の魚(SFマガジン2019年4月号)
もう少しページがあれば、構成上の穴を塞げたのだろうか?いや、どうやっても塞げないからこそ、この短さで、穴が気になる前にスパッと読み終えられるようにしたのだろうか?という感想。
ひとつの小さな要素(SFマガジン1997年2月号)
グッとくる作品。自分だったら、このシチュエーションからどういうラストを導くだろうか?と考えさせられました。作家ごとに、いろんな落とし方がありえると思うんですよね。そういう意味では舞台設定が秀逸。
トビンメの木陰(書き下ろし)
作者頻出テーマ。そしてこのテーマの作品はだいたい名作。遠くへ行きたい。
結婚裁判所(SFマガジン1997年6月号)
結びはやや強引に思えますが、近年のポリコレブームを予見させる議論部分が 1997 年に描写されている点は実にSFの面目躍如であり、素晴らしいと感じました。『政治的に正しいおとぎ話』(1995)に影響された可能性はあると思いますが。
二つ折りの恋文が(SFマガジン2019年4月号)
めんどくせえ異文化コミュニケーションの説明だけで物語が成立するという、ある意味では、こういうのが楽しめるのがSF者だろう、という作品です。
うん、良い物語なのですよ、これは。
ワーク・シェアリング(SFマガジン2004年12月号)
やや冗長に感じました。
ナイフィ(SFマガジン2000年8月号)
架空の生物を設定し転がしていく作者の得意パターン。ああ、草上仁作品だなぁ……以上でも以下でもないだけに、タイトルがそのまんますぎて新鮮味が感じられないのが残念でした。
予告殺人(SFマガジン2012年1月号)
異世界のへんてこ事件に翻弄される標準的な地球人警部補という、作者定番のシチュエーション。安心して読めて謎解きも面白かったものの、ラストのもうひとひねりの説得力は弱かったように思います。
生煙草(SFマガジン2008年5月号)
これも架空の生物モノ。延々と一人語りで生煙草なる生物の説明が語られ、それだけで物語が成立するSFというジャンルの面白さよ。もちろん延々と説明するだけの物語を「読ませる」のが作者の筆力によって成立してるのは言うまでもありません。
ユビキタス(SFマガジン2005年11月号)
力作。実に力作。前半の、ともすれば眩暈すら覚えるユビキタス社会の描写はイーガン作品を読んだときの感覚にも似ていると思いました。
実は途中まで、主人公が女性だと思って読んでました。バリバリのキャリアウーマンだと思い込みました。男性だと気づいたのは7ページ目の
妻にビデオフォンをかけることすらできないのだ!
という一文が出てきたとき(厳密には、この一文でも主人公が男性だとは確定してないし、確定する描写が出てくるのは15ページ目です)。
それくらい、主人公の描写は省かれて、徹底して世界とその状況の描写に割かれています。 主人公の性別・容姿なんか問題じゃない!そんなのは純文学にまかせておけ!(暴言)
草上仁氏はよくポスト星新一的な立ち位置で語られますし、事実、この『5分間SF』もその線の読者を想定して装丁(おっと!)されているのですが、この作品(ユビキタス)を読むと、やはり草上仁氏は草上仁氏であり、星新一氏とはちがうタイプの作家であると感じました。
星新一氏だったら、作中の老婆をこそ主人公にして、彼女を通して社会の変化していく様子を経年的に描写したと思うのですよ。 (蛇足を承知で言えば、草上仁氏の作風は、むしろ都築道夫氏に近いと思ってます)。
『ユビキタス』は、オチらしいオチがあるわけでもなく、ただ熱量と筆致で物語の緊張と緩和を成立させ、心地よい余韻が味わえる傑作でした。本書の白眉でしょう。
まとめ
- いちばん好きな作品:『トビンメの木陰』
- いちばん読まれて欲しい作品:『二つ折りの恋文が』
- いちばん傑作だと感じた作品:『ユビキタス』
いやマジで、定期的に短編集出してもらいたいです。次につながれ!あと過去作は電子書籍になれ!
>5分間SF | 種類,ハヤカワ文庫JA | ハヤカワ・オンライン
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5分間SF (ハヤカワ文庫JA)
草上 仁
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