探索日誌『ONYXを目指して』(5)
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仲間の誰もが、
「死ぬのはイヤだ、全員がレベル9になるまで経験値稼ぎをしよう」
と口々に言ったが、オレは一人反対した。なぜなら経験値稼ぎなどという面倒なことをしたくなかったからだ。
オレは言った。
「いいか?あとはONYXを見つけるだけなんだ。ONYXを守るボスなんてものはいないんだ。運さえよければ、最上階に登ったあと一度も戦闘せずにONYXを見つけて帰ってこれるかもしれない」
さらに続けた。
「全員、レベル9になったとして、最上階のモンスター達と勝負になると思うか?」
最後のひとことが決め手になった。仲間はしぶしぶ、現状のままブラックタワーの最上階に行くことに同意してくれた。
カラーダンジョンを突破し、ブラックタワーを登り、最上階に着いた。ひとまずセーブ。
一歩一歩、マッピング。誰かが殺されては、階段まで戻り死んだ仲間をロードし直し……の繰り返し。
20マスほどマッピングが終わったあたりで、オレの頬に一筋の汗が流れた。
「ピーッどうした?」
とDC。
「まさか……現在位置がわからなくなったとか言うなよな?」
と、SSが大きな肩をいからせながらオレを睨んだ。
「いや、大体の位置はわかってるんだ、階段のある辺りまで戻ればなんとかなる」
とオレは言いわけして、回れ右すると降りる階段を目指して歩き始めた。
そこへタウルスが4匹現れた。
しぶしぶバトルアックスを構えたオレに、PCEが言った。
「Hu!逃げたっていいんじゃね?どうせ現在位置はすでにわからなくなってんだし、逃げて完全迷子になっちまったら、そんときゃリセットすればいい」
わるくないアイデアのような気がした。なんにせよ戦闘は面倒だからだ。
オレ達は一目散に逃げ出した。
「ハァ、ハァ、ここは……どこだ?」
と、オレは誰とはなしに仲間に訊ねた。返事は無かった。
MDもPCEもSSもDCも、声を失っていたからだ。
「?」
オレはみんなの視線の先を見た。
七色に輝くONYXがそこにあった。
MDがガラガラ声でうめいた。
「七色なのにブラックオニキスどばごれ如何に?」
気分を害されたので、とりあえず2~3発ブン殴った。
ONYXに触れたオレ達は全員がレベル10になった。手に入れた人間に、この世界における最高の能力値を与える…それがONYXの秘められた力だった。そうだった。22年たって、すっかり忘れてしまっていた。
ONYXが与えてくれたものは不死でもなければ、巨万の富でもなかった。
あんがいショボイと思わないでもなかった。
しかし、お金はすでに持ち歩けないほど稼いだしアンデッドにされても困るので、これはこれで良かったのだろう。
うかれているオレに向かって、DCが冷ややかに言った。
「で、どうやって脱出するのさ?」
そうだった。オレ達は完全に迷子になっていたのだ。そして、ONYXを手に入れた以上はリセットするわけにもいかない。
ひとまずセーブして、ブラブラと運任せに降りる階段が見つからないか歩いてみた。
運は、ONYXを見つけるので使い果たしてしまったらしい。
レベル10となったオレたちにとってジャイアントは基本的にはザコと化したが、ごくまれにクリティカルを喰らうときがあった。 ジャイアントのクリティカルを喰らうと、レベル10のオレたちでも一撃で死んだ。
タウルス四人衆も、怖い敵ではなくなったが、できれば戦いたくないくらいに反撃は受けた。
「ようするにブラックタワー最上階は、
人間五人が最強になってようやく互角に渡り合える世界だったってことだな」
とSSが大きな体を揺らして笑った。
レベル10になって、みんな笑う余裕が持てるようになったのだ。
闇雲に歩いても降りる階段は見つかりそうになかったので、オニキス発見地点を原点にして、再びマッピングを開始した。
30分ほど探索を続け、ようやく降りる階段を発見した。1階に降り、ブラックタワーの外へ出た。
いつもとかわらぬ静まり返ったウツロの街だ。オレは冷たい空気を胸一杯に吸い込んで、吐いた。
そう、ONYXを手に入れたところで、この世界は何も変わらないのだ。
変わったのはオレたちの能力値だけで、闇が光になぎ払われることもなく、荒野が緑につつまれていくこともなく、空に虹がかかり小鳥がさえずるようになったりはしないのだ。
ONYXを入手したときの画面、あれが達成者への褒美のすべてであり、30分以上つづくようなエンディングとスタッフロールは用意されていないのだ。
だが、そんなものが無くてもオレの心は何物にも替えがたい充実感で満たされていた。
美化されていた思い出は新たな記憶に昇華された。空白は経験で埋められ、表層は実質を得た。22年の歳月が小さな核に枝を与え大きな結晶となった。
感慨にふけっていると、Ostetという若者が話しかけてきた。
ONYX ヲ メザシテ ガンバリマショウ ……か。
オレたちはもう、それを手にいれた。Ostetも、あきらめなければいつか手にすることができるだろう。
オレは微笑んでOstetと別れようとした。そこへ横からMDが顔を出し、独特のハスキーボイスをはりあげた。
「お前もがんばれよ!」
気分を害されたので、とりあえず2~3発ブン殴った。
MDは涙を浮かべ、体を斜めに傾けながら言った。
「殿ば、なんだがご機嫌〝ナナメ〟でずね」
もう一発。
– 完 –
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