マンガも近いうちに手描きかCGか区別できなくなる


あるコマを点描で描き始めたら、これが進まない、進まない。 予定のノルマをまったくこなせず。まだ余裕はあるけど。

点描なんて、グレートーンでベタベタ塗ってフィルタをチョイとチョイとチョチョイとやれば出来てしまうような気がするし、二値点描化プラグインも探せばありそうな気がする。

そこをあえて手で描く意味は……どうなんだろうな。最終的には、それは自己満足以外に意味がないような気がする。

おそらくは、まだソフトウェア的な点描は手描きと区別できる。 イレギュラーや人間的な集中のムラは、まだソフトウェアは再現してくれないだろうから。

でも、いずれ区別がつかなくなる。 点描に限らず、ほとんどの効果や背景が手描きなのかコンピュータによる生成なのか区別できなくなる。あと 30 年もしないうちに。

ハミ出し・ベタ忘れ・線の震え・汚れ等もソフトウェアでほどよく入れてくれるだろう。 〝ケアレスミス〟の項をプレビュー見ながらスライダを動かすだけだ。

そういう時代に、手で描くより生成した方がコストの低い絵をわざわざ手で描く意味ってなんだろう。

わざわざ横に〝CG不使用〟とでも書いておくか。無粋きわまりないね。

結局のところ自己満足以外に無いと思う。でも、創作活動なんて本質的に自己満足の披露にすぎないしね。欲求には従うしかない。

今、描いている点描のシーン。 もし、締め切りまで余裕が無ければ私も迷うことなくフィルタで済ませただろうと思う。 しかし今は時間があるのだ。

追記

前にも似たようなことを日記に書いた気がする(記憶障害)
これからも何度か書くと思う(開き直り)

ちなみに、いま執筆中の原稿も、全部の手描きにこだわってるわけではないです。

見せ場などの重要なシーンだけ、手描きだったりCGを使わなきゃ出来ないような表現だったり、ルーティーンワークに陥らないように何か表現の追及をしたいってわけです。

その物語の描くに到った情動の源の部分だから、なにかを試みて自己満足の充足に努めなきゃ、何のためにこんな割に合わない職業をやってるのかわからなくなるので。

そのためには、重要でないコマで手を抜く事だってあります。というか締め切りがある以上、いつだって出来る範囲内での全力でしかないのですよ。出来ないことは切り捨てないとならない。

手抜きって言葉が悪いのか。なんだろう。ローコストハイパフォーマンス化?リソースの最適化?

つか、こうやって長文を書いているあたり、自分で自分へ言い訳するためのモヤモヤした何かが胸の内にあるんだろうなー……

と、グダグダになったあたりでウヤムヤに終わる。

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桝田道也(ますだみちや)
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