岡城址へ行った。行ったのは旧高橋家住宅を見たのと同日。数百メートルも離れてない。
建物なんかは残ってないし、有名な逸話のある城というわけでもなく、正直に言えば地味な土の城。
三の郭。せまい。馬出しだったのではと考察しているサイトがあった。
一の郭。ここに物見櫓があったらしい。現在は木の生い茂った雑木林になっていて、見通しは悪い。
三の郭と二の郭の間の空掘。関東の土の城にしては、もうだいぶ堀が埋まってて高さが無い。
二の郭と一の郭の間の空掘。ここからだとそこそこ深さのある堀に見える。
案内図には三の郭までしか書いてないけど、4つの郭が確認できる
なんて書いてあるサイトもあったりなんかして。帯郭のことかな…?そういうことにしとこう(見落としがあったと思いたくないやつ)
黒目川を自然の水掘として利用しつつ、両サイドがそこそこの傾斜になってるので連郭式の縄張りなんでしょうが、いかんせん山自体が低い。高さ 15 ~ 20m くらい。
本格的な詰の城ではなく、出城、陣城、砦、前線基地のような位置付けの城だっただろうという話ですね。
築城者は不明。太田道灌とも後北条氏とも。
近くに古墳もあり縄文時代の集落も発見されてるくらいなので、もっともっと古くから紛争があったときにはここで戦ってたのかもしれない。