手間がかかるがゆえに愛してしまう

註:このエントリは 2010-09-19 の日記から抜粋したものです。したがって内容は重複しています。

板橋区徳丸の階段

東京は坂が多いし升目になってないしで、道の利便性ではひどいもんだけど、 味はある。

機能美の対極にある「不便美」というものもあるかもしらん。 美じゃないか。「不便愛」?

クラシックカーとか、S盤レコードとか、非主流OSとか、自炊(スキャンのことではなく本来の意味で)とか。

もちろん、それでなくては得られない見返りもあるんだろうけど、それだけではなく
「手間がかかるがゆえに愛してしまう」
という側面もあるのではないか。

RPGのレベル上げなんか、その不便愛というか手間愛の最たるものだよね。 そこにあるのは作業をするか否かだけ。

くやしい!でも作業しちゃうピコピコ。

DQ1(オリジナル)を再プレイして、いちいち「かいだん」や「きた/にし/ひがし/みなみ」を選択する、あの面倒くささを悦ぶという優雅な楽しみをあなたはご存知だろうか。

本能的なものかもしらん。面倒を見るという好意に快楽を感じるようにできている。くそう遺伝子め!遺伝子め!やめろオレの体を操るのはやめろ!

私が非コミュなのは、拡散しようとする遺伝子のめーれーに抗っているからなのれす。

……なんか、話がぜんぜん関係ない方向に転がって、予想してなかったところに落ちてしまったな。

ここはシェアと拡散の店だ。どんな用だい?

さっそくフォローしていくかい?

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桝田道也(ますだみちや)
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