散歩者は一年中、毎週が文化財ウィーク
この記事は、単独で記事を立てるほどでもない小さな文化財を紹介するための記事です。ときたま更新します。
単独記事をたてるまでもない史跡や単独記事をたてるまでもない土木と被るんですが、
「史跡じゃない、建築的に重要な土木でもない、なんとかカテゴライズするとしたら、やっぱり文化財とするしかないよね」
という判断から、単独記事をたてるまでもない文化財のための記事を建てました。それが、いまあなたが読んでいるこの記事です。
いまのところ一件しか登録していません。
この記事内では新しく書かれたものほど、上になります。
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アハ体験!ていと幼稚園 付門柱(東京都板橋区)
訪問日:2016-06-15
登録文化財ですが、内部見学はできません。
もともと板橋区常盤台が戦前、昭和初期に分譲が始まり、それに合わせてハイカラな帝都学園女学校が開校しました。
女学校は戦後すぐ、漏電火災を起こし、五年後に廃校してしまいます。 そして焼け残った建物を移築利用したのがこの、帝都幼稚園です。
また、門柱は昭和32年に卒園生が寄贈したものですが、当時、南常盤台に住んでいた童画家の武井武雄が設計したものです。
タケイ・タケオ。スー族の戦士、タタンカ・ヨタンカみたいなかっこよさ!(注目すべきところがずれてる俺氏)
つまりは、昭和(戦前)の建築様式を今に伝える貴重な建物や文化財ということです。
個人的な感想は、そんなもんですかね、です。
門柱も個性的だとは思うけど、それほど私の審美感覚に響きませんでした。建物なんかは私が子供の頃に通ってた幼稚園が、こんな雰囲気あったような気がする……とは思いました。
アンパンマンとかトーマスとかスヌーピーの遊具や飾りがないのは好印象でしたね。 写真を撮ったこの日は日曜日だったのでだれもいませんでしたが、平日とおりがかると、ごく普通の幼稚園してるんですよ、ここ。
むしろ、ここで心に響いたのは「ていと幼稚園」というかわいらしい響きが「帝都幼稚園」だとわかったときのアハ体験でした。
あー、ねえ……。帝都物語のブームの頃は、まだSD化とかスピンアウトとかは普通じゃなかったですからねえ>昭和末期。
いまだったらぜったい、「どーまんせーまん✡ていとものがたり」とか、そんな感じのタイトルのスピンアウト・コメディが少年エースで連載されてますよね。
この日は通りすがりで、ポケットに突っ込んでたカメラの性能もトホホでした。
こんな立派な桜が園内にあるんなら、今年、開花したら撮りに行こうかな。近所だからいつでも撮りに行けると思って、結局それっきりのまま、いまに至ってます。