2010~2011 の帰省の記録(1)
飛行機で帰るつもりだった。
「だった」というのは、つまり、飛行機で帰らなかったということだ。正確に言えば帰れなかった。
スカイネットアジアのバーゲン切符を注文したのは 11/1 だった。
バーゲン切符は搭乗日の二ヶ月前に発売開始となり、年末年始の切符はたいてい瞬時に売り切れる。つまり、11 月1日じゃ遅すぎる。
それでも一縷の望みをかけて検索したら、まだ座席が残っている便があった。即決で購入した。それが間違いの原因だった。
あとで気がついたことだが、その便は「東京発宮崎行き」ではなく「宮崎発東京行き」の便だったのだ。つまり、出発地と到着地の選択を逆にしてしまった自分のミス。焦りが生んだ凡ミスだった。
間違いに気付いたのは 12/26 。慌ててキャンセル手続きをし、青春18きっぷで大坂まで行きフェリーで宮崎へ帰ることにした。この経路で帰省するのは8年ぶりだ。
東海道線の車窓より。川崎のあたりか。(追記:2014-02-04 小田原は酒匂川だった。)
もう何度も撮っているのに、富士山が見えるたびにやっぱり撮ってしまう。そういう人は多いのではないか。
たしか新大阪駅。紅ショウガの掻き揚げうどん。見た目は非常に良いが、味は普通。
大阪ニュートラムから見た景色。少し前はガラスへの映り込みを無くそうといろいろ努力していたけど、最近は面倒になってそのまま撮るようになってしまった。それもまた旅行写真の特徴なり(と自分を誤魔化す)
フェリーターミナルへのバスの待合室。
これは8年前の写真。あいかわらず殺風景な待合室だけど、前回より人が多かった分、そんなに寂しさは感じなかった。(8年前は泣くぞコラとか思った)
圧倒。鉄塊。光。幻想。この、いやがおうにも昂ぶる気持ちは、なんだ。
15 年前は、二等船室なんて毛布と枕だけで、こんな薄い敷布団は無かった。8年前は、よく覚えてないがあったような気がする。
もっと大昔は毛布だけだったとか、いや枕だけだったとか聞いたことはあるけど、さすがに知らない。
久々に乗った宮崎カーフェリーは、ジュースもそんなにボッタクリ料金ではなく、こぎれいで、快適だった。原油高騰でもっと斜陽に拍車がかかってるかと思いきや、逆に頑張ってて感じが良かった。これなら乗船前に食料を買い込んだりせずともよかったと思ったくらい。
さらば大阪港。
この日の船には高校ラグビーに出場した日向高校の選手と応援団が乗っていた。
風呂に行ったらラグビー部員で混雑していた。
……えーと。いや、さすがにラガーメンはいい体してますね。って観察するなよ自分。
なんですとー?
前ブログのコメント欄から転載
ゆーじ 船はいいすねえ。俺も好き。
写真はGXRですか?
桝田道也 GXR と Optio w90。
大きく貼ってるのはGXR+P10っす。
スナップは w90 で撮ることが多いかな。
桝田道也 あり?大きく貼ってる朝日と女子高生のやつ、
GXR だと思ってたけど Optio w90 じゃないか。
なんだよ。やるじゃん。やればできる子じゃん> w90