食べたものを淡々と報告する

俺だって……外食することくらい……ある……

プリンの良し悪しを判定したいなら、食べて見ることだ……セルバンテス『ドン・キホーテ』

もろはくや するめの天ぷら

この記事は、単独で記事を立てるほどでもない食レポのための記事です。ときたま更新します。

私はあんまり外食はしませんし、旅行に行ってもグルメが目的じゃないんで、名物もスルーが多いんですが、そうはいっても、食べる時ァ食べるので、そういうのを淡々と報告するためのエントリが欲しいなと思って作りました。

この記事内では新しく書かれたものほど、上になる予定です。

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昭和は遠くなりにけり。強清水 もろはくや するめの天ぷら(福島県会津若松市)

訪問日:2018-08-20

この日の朝、白虎隊出撃路を辿るため、バスで強清水まで来ました。そして、出撃路を歩き、戸ノ口原古戦場跡を見て十六橋水門を見て、強清水まで戻ってきたら、ちょうどお昼時だったのでした。

強清水。その名の通り湧水があり、会津入りのための滝沢峠を超える前の休憩地点、補給地点でした。

とくに昭和、戦後から高度成長期にかけて木炭自動車が走っていた頃は、ここでの休憩と峠越えの準備が必須に近いものがあり、大変に賑わっていたそうです。

いまでは元祖・清水屋と
強清水 元祖 清水屋

本家・もろはくやというふたつの食事処が仲良く元祖と本家を分け合って、のんびり営業しています。
強清水 もろはくや

本当、どっちでも良かったんですが、なんとなく気分で私は「もろはくや」の方に入りました。

 >もろはくや 菅井商店
 http://morohakuya.jp/index.html

一方の清水屋のサイト。

 >会津三大名物茶屋「強清水」元祖清水屋
 http://www.aiaiaizu.com/shimizuya/shimizuya.html

さて、ところで、何が元祖で何が本家なのか。それはひとまず置いておいて、この地に伝わる強清水の物語を読んでみましょう。

強清水物語

ところどころ文字が欠落しているので、ちょっと要約しましょう。

 ― ― ― ― ―
江戸時代、ここの村には父子の木こりがいた。父が与曽一、子は与曽二。

父の与曽一はまじめな働き者だったが、子の与曽二はなまけもので酒びたり。しかも追いはぎまでするとんでもない人間だった。

息子の悪行三昧のせいで米も買えない有様だったが、どうしたわけか与曽一は山仕事から帰ってくると、いつも酔っぱらっているのだった。お前も酒びたりかーい!似た者親子やんけー!

子の与曽二は不思議に思い、あとをつけてみた。するとどうだろう、与曽一は岩の間に口をつけ、わき出す清水を飲んでいたのだった。

これが中世なら、まじめな与曽一に感心して神様が清水を酒に変えたのだアリガタヤ、アリガタヤ……となるところである(もろはくや、清水屋のサイトに掲載されているのはそっちのバージョン)が、近世人の与曽二はさすがにそうは考えなかったとするのが自然であろう。与曽二は神様仏様を持ち出さず、思考の末に論理的必然の結論に到達する。

父・与曽一は、ただの水を飲んで、酒に酔ったつもりになっていただけだったのだ。

これはいけない。それ以上いけない。父親にそんなあわれな真似をさせちゃなんねえ。

反省した与曽二は心をいれかえ、以後はまじめに働くようになったという。うん、与曽二の夢枕に弁財天が現れて教え諭すより、弁財天が現れないバージョンの方が物語力が強い。

この逸話を元にした民謡も残っている。

ハァー 鯉(恋)の滝沢 舟石越えて 親は諸白 子は清水

 ― ― ― ― ―

言い伝えにある通り、強清水の湧水があり、昭和の最盛期には、もろはくやの前身である菅井商店さんは、うどんやそうめん、ところてん、清水で戻した身欠きニシンやスルメの天ぷらを提供していたそうです。

昭和最後の年、もろはくやの経営努力が始まる。

ところがガソリン自動車の時代になり、バイパスも通りました。強清水でひと休みしていく人はめっきり減ったことでしょう。

このままじゃジリ貧だ、なにか訴求力のある名物がなくてはならないと菅井商店さんは焦ったのではないでしょうか。

と、考えてみると、お隣の清水屋さんは昔からまんじゅうの天ぷらを売っている。 よし!これだ!。うちも、自家製まんじゅうの天ぷらを出すのだ!

こうなると、清水屋さんだって面白くない。元祖はうちだと言い始めたのだと思われます。

しかしまぁ、せまい地域のこと。 実は清水屋さんと菅井商店(もろはくや)は、親戚だったのではないかしら。いやそうにちがいない(決めつけ)
しかも菅井商店の方が宗家に近かったのだ(さらに決めつけ)。
菅井商店は言います。
「よし、そっちが元祖なら、うちは本家で文句あるないな?」
と。そして菅井商店は、強清水物語からとって、店名を「もろはくや」にした。こうして清水屋が元祖、もろはくやが本家になったのだった……(さらにさらに決めつけ) いやまあ、ぜんぶ、想像なんですけどね。

というわけで(?)、何が元祖で本家かというのは、名物・まんじゅうの天ぷらのことのようでした。
もろはくや まんじゅうの天ぷら

ごはんのおかずになるように、しょうゆの量の多めの甘辛いまんじゅうの天ぷらです。

正直、想像通りの味でした。でも 90 円だから、リーズナブル。

揚げまんじゅうと言われたらなんとも思わないのに、まんじゅうの天ぷらと言われると
「ほう、それは珍しい」
と思ってしまいます。命名者の思うつぼ。

ざるそばと、名物の天ぷら3点セット(まんじゅう、にしん、するめ)を頼みました。 もろはくや 手打ちそばと天ぷら

会津に来たからには、会津そばをどこかで食べようと思ってました。
もろはくや 手打ちそば

手打ちそばを始めたのは平成8年からだそうで、こちらも経営努力の賜物っぽいですね。それ以前は、手打ちではなく機械製麺を買っていたのでしょう。

味はまあ、そこそこ。値段なりにまんぞく、まんぞく。不味くて高い下手な十割そばを食わされるくらいなら、安定の二八そばの方がええわいな、という気分。

するめいかの天ぷら。 もろはくや するめの天ぷら

身欠きニシンの天ぷらを撮るのは忘れました。奥のがそうです。
もろはくや まんじゅうの天ぷら

どっちも、そんな旨いもんじゃないな、というのが正直な感想。 干物を水で戻して天ぷらにした、という味。

しかし、海から隔たった会津ではこうした形で海産物を食していたのだなあと思うと歴史のロマンが感じられました。 そのロマン代込みと考えると 90円(ニシン)、120円(スルメイカ)は、安いでしょう。

もし、次来ることがあれば、今度は清水屋さんに行きたいと思います。あと、今にして思えば、もろはくやという店名なのにお酒を頼まないというのはいかがなものであろうかという反省ががががが。

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