『わかりやすし宗春』について

『わかりやすし宗春』について

コミック乱 2008 年七月号(2008-05-27 発売号)に掲載されました。

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久々に見開きを描きました。(↑これは見開きの右ページ)しかも、特にギャグらしいギャグのない見開き。ギャグマンガ家のくせに我ながらいい度胸してると思う。

宗春は愛知の人には知名度があるのかな。 教科書に出てくるような人じゃないから、 愛知県民以外には、あまり知られてない人だと思う。

っていうか私も板橋区立美術館の「お殿様の遊芸」を見るまで(展覧会:お殿様の遊芸 – 桝席)知らなかった。

ネタになるかも……と思って見に行った展覧会と買った図録をようやく生かせた。投資回収完了ゥ!

しかし、伝記がたくさんあるような人ではないんで、物語作りで少々困った。

だもんで基本的にウィキペディア調べで物語を作った。怖い怖い。あー怖い。

徳川宗春 – Wikipedia

ここに挙げてある関連書籍が、近所の図書館にあったら読もうと思っていたのですけど、無かったですね。残念。 (追記:2016-06-04)この頃はまだ国会図書館や都立図書館を利用するという知恵がなかった

ウィキペディアの
> 宗春は吉宗から隠居謹慎を命じられ、広島藩主浅野吉長らにより伝えられる。
という記述を参考にしたのですけど、 最近読んだ『名君・暗君・江戸のお殿様』 中島繁雄 [Amazon]には、

> 松平頼員、松平頼幸の二人の上使が尾張藩江戸屋敷へ差し向けられ、宗春に
「蟄居(隠居 慎)」
の沙汰が申し渡されたのだった。

……とあった。どっちが正しいのか、あるいは両方正しいのか、もしくは両方間違ってるのか、私にはわかりません存じません。

まあ、前回描いた上杉鷹山とは正反対の方向で藩の赤字をなんとかしようとした人ですわな。 なんとなく、バランスをとっておこかな、という気持ちが働いたと言えなくもない。

もっとも宗春は改革者としては失敗したんだけど。

緊縮政策にしろ開放政策にしろ、どっちか一方に偏りすぎた改革はたいがい失敗してますよね。 洋の東西と時代の新旧を問わず。

んーと、あと何か書いておくことは……。ああそうだ、 最初のページの最初のコマは、新年に良く聞かれる早口言葉のもじりです。

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