ママチャリで板橋区から埼玉県富士見市難波田城公園まで行ってきた話
なんか精神的にグロってきてて、天気も梅雨の中休みだったから突発的に、そのうち行こうと思ってた難波田城公園へ向かってしまった。
ふだん、曜日を意識して生活してないので月曜日 – 博物館などは軒並み休館日になる日 – ということは忘れてた。
朝6時半くらいに出発。
以下、このエントリは twitter で連投したつぶやきのまとめです。
白と黄色のアパート。なんてアパート名かな?
「グリーンハイム」 なんでやねん。
なんかツッコミ処理に困る
野アザミと羽アリ。コネタ以外の写真も貼ります。
黒目川の鵜。足にタグがついていたことを、帰宅して写真で見て知るという。
いい感じに朽ちた自転車。川に落ちたのを引き上げて放置か。そこまでする価値があるサドルだったとか?まさか。
浜崎黒目橋。歩行者用橋。いい橋だよね。
いいエントリがあった。
→ ■浜崎黒目橋~変わった小さな橋~: ■ワンダーJAPAN編集長のブログ
ダブル階段。なぜ一本にしなかった。無用階段……とはちょっとちがうな。「膝折町」という地名にもマッチしてる感じ
きみも「ヒゲマニア」だったのかー! ウォンチュ!
野火止用水の水を農地まで届けた「いろは樋」の復元。サイフォンの原理は知っていても感覚的にはやはり水が上昇するのに不思議を感じてしまう。
いろは樋の説明あった。
→志木のシンボル「いろは樋」
サイフォンじゃなく、落下の勢いで樋を登らせていたらしい。強引wwwww
難波田城公園
難波田城公園到着。あんまり遺構はない。あと、月曜につき資料館が休館日。古民家も中は見られなかった。あいかわらずいきあたりばったりで行くからンモー
難波田城公園にいたネコ。昼寝をジャマされてめっさ不機嫌そう。ごめんお
難波田城について、しばし休憩。ネコがニャアと鳴くから私もニャアと答えると、それにニャアと返すので私もニャアと返して…。おそらくコミュニケーションは成立したと思う。なんだ、自分、ぜんぜん非コミュじゃないじゃん(ネコ相手なら)
木橋。あまりそうは見えないが復元らしい。推定復元であろうが…
この木橋が本当に史実に忠実な復元なら、難波田氏はとんでもないオーバーテクノロジーの持ち主だったことになるな
お堀には蓮。つまり難波田城を見に行くなら今から七月にかけてがベスト。まったく知らずにたまたま、今日、訪れたのだけど。
でもまあ、蓮の花が見たいなら不忍池や行田の古代蓮の里へ行くよね。都民 or 埼玉県民なら。
本丸だったと考えられる一の曲輪は、もう、数坪しかない。公園になってるのはかつての外曲輪だと考えられる二の曲輪や三の曲輪が中心。
まあ、秀吉の関東征服のあと廃城になったんで、遺構の残存度が低いのは仕方が無い。
難波田氏は扇谷上杉氏に仕え、河越夜戦で敗れた跡は後北条氏に仕えたらしいけど、その後は(軽く検索した限りじゃ)よくわからない。後北条氏と運命をともにした感じかな。縁者の僧が江戸時代に難波田の地に戻ることを許されたので、なんらかの救済はあったみたいだけど。
公園の端の池で行田からわけてもらった古代蓮も栽培されている。
咲いている古代蓮は無かった。残念。来週くらいが見頃なのかなー。
ヒラタケ?サルノコシカケ?キノコはさっぱりわかりません。
性根がベタにできてるから、「葉っぱに水滴」というモチーフには弱い
じゃあ、真ん中なら飲んでいいんでしょう?(←とんちになってない)