よりによって元日の話。なにやってんでしょね自分。
かつて鹿児島には夏箕《なつみ》の滝と呼ばれる景勝地があったらしい
きっかけは自分のマンガに描いたこれ。
> 識りたがり重豪 第十四話 「巡見」|桝田道也|pixivFANBOX
https://mitimasu.fanbox.cc/posts/8763322
ルビまちがってますね。夏箕《なつみの》ではなく夏箕《なつみ》が正しいと思われます。
歴史的な場所に関する調査に来た人に知られざる名所を勧めるわけですから、メジャーな場所や歴史に関係ない場所じゃ、ちょっとそぐわないわけです。
そこで江戸時代の地誌である『三国名勝図会』(※三国というのは薩摩・大隅・日向の一部――つまり島津氏領を指します)をひもといて、最初の方に出てきた夏箕瀑布というのが細川幽斎も訪れて和歌を詠んでいるし、現代じゃ鹿児島の名所としてまったく挙がらない程度にマイナーでちょうどいいなと思って、採用しました。
しかし、なぜに現代じゃ鹿児島の名所としてまったく挙がらないのか。
個人的興味でちょっと比定地を調べてみました。難しいことはありません。場所は『三国名勝図会』に書いてあるのですから。
> 五代秀尭, 橋口兼柄 共編『三国名勝図会 : 60巻』1(巻之1-3),山本盛秀,1905. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/992131/1/52
棈木川 水源吉田鄉宮之浦村に發し、當鄉花棚村へ入り數村を經て、坂本村稲荷社の前に出つ、因て或は稲荷川と云、是より大乘院の前を西流し、南に折れ、又東に向ひ、多賀山麓の帶となり、祇園の濱に注ぐ、
夏箕瀑布 府城の北 坂本村溪間にあり、稻荷神社上、北の方、山隔て十町餘に當る、棈木川の上流なり、此邊を瀑の上といふ、
和歌
鹿兒島の在、吉野山にちかきわたりに、なつみのたきといふ所あり、見にまかりて、
幽 齋
こゝもまたよし野にちかき、なつみ川、
ながれて瀧の名にやおつらん、
○瀑之上觀音、 瀑布の前、巖壁の上にあり、桂山觀音ともいふ、千手觀音の石像なり、寛永十四年、平山對馬守安置す、稀痘の許愿に應ありとて、參詣のものあり
棈木川というのは”或は稲荷川と云”とある通り、現在の稲荷川です。坂本村の渓谷にあって稻荷神社の上流約1.1kmほどが「瀑の上」だと。
坂本村の対岸が吉野村で、幽齋はその「よしの」にかけて詠んでいるわけです(奈良の吉野には菜摘川《なつみがわ》があり万葉集にも詠まれています)。
このあたりが現在、鹿児島市の水源地であり、滝之神浄水場が存在します。「滝之神」バス停もあり、「瀑《たき》の上《かみ》」=「滝之神」であろうと容易に推測できます。
……ということであれば、
「失われた観光地! これは見に行きたい! もう滝は存在してないのだろうか? 確かめたい」
と思うじゃないですか。
しかし、水源地なので、まったく近づけません。ストリートビューを見てもフェンスで囲まれていたり、断崖絶壁だったりして容易には近づけない感じです。
フェンスを乗り越えるとか違法行為を働けば見ることはできるかもしれませんが、そんな、逮捕される可能性のあることをやりたくありません。いい大人なんで。
城郭訪問界隈を見ていると立ち入り禁止の私有地城址に入って自慢げに写真をアップしてる大人をチラホラ見ますけどね。
私はそんな、写真のために違法行為をする鉄道オタクみたいなことはできません。
しかしまあ、見たいものは見たいのであって、ルール違反をせずにみられる場所はないかダメ元で探してみよう、というのを 2024 年末~ 2025 年始の旅行の中心に据えたのでした。
結果として、遭難しかかったあげく、必死の思いで下山したら立ち入り禁止エリアに出てしまってルール違反をしてしまいました。先に謝っておきます。ごめんなさい、わざとじゃないんです、ゆるして……
さてところで、問題となる「夏箕瀑布」は現存しているのでしょうか? 衛星写真や Google Earth を駆使すると、2箇所ほど滝らしいものが見えました。
このうち A は直線距離で稲荷神社の北 1.1km ほどで、文献の示す範囲のギリですが、現代的な貯水池の堤体が生み出した人工の滝である可能性が濃厚です。
カーブを描く堤体が優美で、見られるものなら見たい土木ではありますが、江戸時代の滝という風情はありません。地形的に滝があった可能性はありますが、可能性はあくまで可能性です。
しかも貯水池であるため、ストビューを見てもきわめて厳重に近づけないようにフェンスが張り巡らされています。なので今回は調査対象としませんでした。
では、B はどうか?
5m~10m くらいは落差のありそうな、まずまず立派な滝が見えます。こんな立派な滝を独り占めして一般公開しないなんて鹿児島市さん、ずるい!
人工の滝ではなく自然の滝に見えます。そして「滝之神」バス停にも近い。夏箕瀑布の候補はこれで決まりでしょう!……と断じるには不安要素があります。実は。
貯水池の水量調節なのか、発電でもやってるのかわかりませんが、ともかく本来の流路から生じた滝ではなさそうです。
だとすれば、滝そのものは自然地形の滝であっても江戸時代にここに滝があったとは言えない
わけです。
しかしまー、ほかに候補も無いので、この B を見ることができる場所が無いか、実際に行って確かめることにしました。
旧・吉野村の対岸はかつての清水城なので、滝が見られなくても完全なムダ足にはならないだろうと思って。
稲荷川沿いに遡上する道はは立ち入り禁止
まあ、このあと必死の思いで山から下りたら、この立ち入り禁止エリアだったんですけど。
立ち入り禁止看板が目立たないせいか、あるいは昔は立ち入り禁止じゃなかったのか、この先まで進んでしまっているブログも探せば見つかります。
さらに迂回してやっと右岸に渡り、「瀑の上」=「滝之神」の起点になる稲荷神社。
元旦だったわけですが、初詣なんかどうでもいいんじゃ、わしゃ。
このくらいのブッシュは進めなくもないし、河岸の護岸の上を歩けば進むのは容易ですけど、フェンスがね。
「入ったらアカンよ」
の意思表示ですし、仮に進んでも先ほどの立ち入り禁止エリアに合流するわけですしね。
川沿いに一般道を遡上する作戦(↓下図)はあきらめました。
清水城側から近づけないか試みるも、清水城が整備されてなくて猛烈なブッシュ
そこで第二作戦「清水城から滝の見える場所を探す」です。まあ、予定の行動。
実は、「瀑の上」=「滝之神」の右岸は、かつての島津氏の居城であった清水城の跡地です。ここは入れます。
攻城団のページを見ると、整備されていない感じでしたが主郭や大空堀を見てる人もいるし、歩けないほどの状態でもないだろうとにらみました。
> 清水城の見所と写真・100人城主の評価(鹿児島県鹿児島市) – 攻城団 — https://kojodan.jp/castle/1583/
ここが判断ミスの始まりでした。もっとちゃんと読むべきでした。
清水城のような中世の土の城をわざわざ見に行った勢の何人かが、ブッシュだったので登城口で引き返しているのです。
主郭や大空堀まで行ったのはヤブ漕ぎ上等で準備万端で臨んだ一部の人達だったのでした。
私は赤の実線の部分を「まあ歩けるだろう山道」 点線を「藪漕ぎが必要な道」だと思って計画を立てました。
実際には「赤の実線……いちおう道があるがところどころブッシュになってて藪漕ぎが必要」「点線……もはや道は無いに等しいブッシュ」だったのですが、そんなこと登山前の私は思ってもいなかったのでした。
清水中のプール裏の登城口。今回は城郭訪問が目的じゃないので主郭へは行かず東へ向かいます。
稲荷町 公民館の北側に出ました。ここにもフェンスがあります。扉にカギはかかってませんでしたが、猛烈なブッシュで進めません。
杖に良さそうな木の棒や竹棒を拾っては試します。この3本目が今回の私のバディ。
少し戻って腰曲輪展望所方面へ向かいます。このくらいなら余裕で歩けると思っていました。
ぐええ。これが「まだ道がわかるだけマシ」なのだったと知るのはもすこしあと。
小さな渓流と砂防施設に出ました。稲荷町 公民館の北のフェンスはこの砂防施設のためのものだったようです。
ただちょっと視界が開けてるだけでベンチのひとつもなかったけど、腰曲輪展望所らしい。
ここに至り、動線が確保されてるのは砂防施設や送電鉄塔のためであって、城址としての整備はほとんどされてないのだと悟りました。
なのでここから、写真も無くなります。撮ってる余裕がなくなったので。
というのも、ここまで来る途中も道がないにひとしいのでしょっちゅうよろけるわけです。
で、気が付いたらスマホが無い。
青ざめて、
「さてはさっき転んだところで落としたな?」
と見当をつけて、戻って、はたして目論見通り発見して安堵しました。
そこでスマホをポケットにしまってボタンをかけて再出発。
それからしばらくしてコンデジが無いことに気づくわけです。今度はどこで落としたかの見当もつかない。学習してねえ。なぜスマホをポケットにしまってボタンをかけたとき、コンデジもそうしなかったのかという。
ちょっとナメてたのでスマホもデジカメもネックストラップを使ってなかったのです。
「あのコンデジが無いと今回の旅行の写真の半分がパァや……」
と半泣きになりながら、最後に撮影した場所まで戻って祈る気持ちで地面を見回しながら歩いて。
でも、道なき道だから、最後に撮影した場所までは何とか戻れても、同じルートを辿れているのか自信がありません。
20分くらい探して無事に見つかったときは、心の底から安堵しました。2025年いちばんうれしかったことが元日に優勝決定みたいな。
それでもう、進めば進むほど藪が濃くなって、もう滝を探すどころじゃないぞ、これほぼほぼ遭難だぞ、なんとかして下山しなくては……と思い始めました。
ふと石積み遺構を発見し、それはいちおうポケットからコンデジを出して撮ります。
これは清水城の遺構? 豊臣政権に組み込まれた後、城の一部に石垣を導入したやつ? などとワクワクしましたが、どうやらそんなことはなさそうです。
江戸時代、旧城域の西側には大覚寺という寺がありました。旧城域の西側にはその石垣遺構が現在も残っているようです。ここは旧城域の東側ですが、大覚寺関連の遺構と見るべきでしょう。
完全に道を外れて藪の中に迷い込み、360度 低木や小竹に囲まれて進むに進めず戻るに戻れず。
眼下に道路がチラリと見えたので、脱出するにはここしかないと思って小枝をかきわけかきわけ、急斜面を降りました。
最後は 2m くらいの崖で、低木につかまりながら降りようとしたら体重をかけた低木が引っこ抜けて、1m くらい滑落しました。
ひざを打って、数日すこし痛かったです。まあ、その程度ですんでよかった。
考えるまでもなく、立ち入り禁止看板を進んだエリアに出てしまいました。
わざとじゃないんです。しかたなかったんです。あんなブッシュだとは思ってなかったんです。
ルートを図にするとこう。
この小さな滝こそが「夏箕《なつみ》の滝」なのではないか?
瀑布と呼ぶにはかわいらしすぎる、落差 1m~1.5m の小滝です。ただの段差と言ってもいいくらい。
碑があることから、この立ち入り禁止区域がかつて、観光地であったことがわかります。
だとすれば、「夏箕《なつみ》の滝」は A でも B でもなく、この小滝のことだったのではないか?
滝と言うにはあまりにも可愛らしすぎるので見栄っ張りな薩摩人は
「ここが名所でござい」
と言うのを遠慮しちゃって、次第に忘れられてしまったのではないか? と思ったわけです。
夏箕瀑布 府城の北 坂本村溪間にあり、稻荷神社上、北の方、山隔て十町餘に當る、棈木川の上流なり、此邊を瀑の上といふ、
古文苦手マンなのでちゃんと読んでなくて、
「とにかく稲荷神社から上流 1km あたりに夏箕瀑布があるって書いてあるんだろう」
と解釈していましたが、それは誤解釈でした。
稻荷神社から上流 1.1 kmまでが「瀑の上」と書いてあるのです。
「瀑の上」とある以上、起点は稻荷神社ではなく「瀑」なのであって、稲荷神社にいちばん近い滝こそが「夏箕瀑布」となります。
この小滝を滝として認めるならば、稲荷神社にいちばん近いのは A でも B でもなくこれこそが「夏箕瀑布」でありましょう。
畑もあります。持ち主は「立ち入り禁止」の例外になってるんでしょうかね。
私がこの小滝こそ「夏箕《なつみ》の滝」だと考える理由はあとひとつあります。
それは「夏箕」というそもそもの名称です。夏箕とはなんでしょうか?
「箕《み》」とは竹製のふるい・ザルのことですが、季節によって使い分けるものではありません。
そこで「夏箕《なつみ》の滝」は本来「夏蓑滝《なつみのたき あるいは、なつみの の たき》」だったと考えたらどうでしょう?
夏の蓑《みの》と言ってもピンとこないかもしれません。
夏なんて雨で濡れたら涼しくってかえって気持ちいくらい。
蓑《みの》のような暑そうなもの着てられっか! てなもんでしょう。
しかし夏のための蓑《みの》というものが実はあるのです。
その名も「日蓑《ひみの》」
夏の農作業で日焼けから背中を守るための蓑です。
雨除けが目的じゃないので、素材はワラ・カヤではなくマコモやスゲで、大きさは半蓑《はんみの》サイズでした。
> ひみの【日蓑】 – Web版 むかしの道具展
https://www.chiba-muse.or.jp/OTONE/dougu/kiru-08.html
半蓑《はんみの》というのはその名の通り、半分サイズの蓑《みの》です。
蓑《みの》がレインコートなら半蓑《はんみの》はヤッケですね。
本降りは防げないけどにわか雨くらいなら……という旅人の道具。
だから、にわか雨や小雨を「半蓑雨《はんみのあめ》」と呼ぶ地方もあったようです。
これらをふまえて。
むかしの薩摩人はこの清水城の南東にある小さな滝を、「夏蓑(のように短い)滝」だと呼び、いつしか「夏箕《なつみ》の滝」に転じたのではないか……という推測です。
もう、それでいいじゃんか。少なくとも私の中ではそれでいいことになりました!
け、決して B の滝が見られなかったから言ってるんじゃないから!
立ち入り禁止エリアに入ってしまったので開き直って周辺も見ます。
この石垣のそばに小さな観音像はありましたが、平山対馬守が崖上に安置したという千手観音像は見ませんでした(忘れてて探さなかったし)
が、それをすると「不可抗力で入ってしまった」という言い訳が立たなくなるので断念しました。
先行する、このエリアに入ってしまっているブログも B の滝に言及してないので、おそらく行っても B の滝は見えないのだと思います。
だんな、この先にいっちゃなんねえ。オラ悪いことは言わねえ。引き返すだよ。
にしても水道管が邪魔。ちくしょーっ!
清水城登城口からヤブ化した道を漕いで、スマホとデジカメを紛失しかけて、遭難しかけて、「夏箕《なつみ》の滝」(オレオレ認定)の場所に出るまで約 2 時間。
「夏箕《なつみ》の滝」(オレオレ認定)からこの立ち入り禁止看板の場所まで約 3 分。
そーゆーもんです。
案内図を平面でしか見ずに計画を立てた自分に問題がありました。下手すりゃあの絶壁の上で進むに進めず戻るに戻れずしてたかもしれないわけで。
でも、あきらめわるく旧吉野村側から B の滝が見えないかトライ……するも、やはり見えず
左岸に渡って、ループ道路の上に出て滝が見えないか探しました。
白い建物は先ほどの滝之神排水処理場。
滝之神変電所のあたりから。滝の音はすごくするのですが、まったく見えません。
ここから少し進んでわき道から降りると鹿児島市水道局の滝之神水源地第一浄水場(昭和11年建造)という土木遺産があるのですが、その降りるわき道に鎖がかかってて立ち入り禁止看板もあったので、あきらめました。
検索すると行ってるブログがありますから、かつては立ち入り禁止じゃなかったとか、日によって立ち入り禁止じゃないとかあるのかもしれません。
いずれにせよ行ってるブログを見ても B の滝について触れてないので、見えないのだと思います。
左岸(の立ち入りできる場所)からは見えないということを確認して、調査終了。
整備されてないから城址としてあまり有名じゃないですけど、渓谷の絶壁がすさまじい城ということでは上位の城かもしれませんね>清水城。
景色がすばらしい。写真の山(岬?)の向こうに島津氏の庭園・仙厳園と集成館事業跡があります。
そんなわけで、立ち入り禁止エリアに入ってしまったので観光の参考にはならんと思いますが、「夏箕《なつみ》の滝」を見つけた[独自研究]よ!という話でした。
清水城は主郭も大空堀も見なかったので、リトライすると思いますね。そのとき B の滝が見えないかトライすると思いますが、もう今回みたいな無茶はしないでしょうな。なぜなら私はもう「夏箕《なつみ》の滝」(オレオレ認定)を見つけてしまったので。
B の滝が見たかったら、ドローンしかないんじゃないかと思います。
これだけ厳重に近づけさせないようにしてる場所にドローンを飛ばして怒られないかどうか、私ァ知りませんよ。
やるなら自己責任でやってくださいよ。
おしまい。
・Amazon.co.jp: この滝がすごい! (中経の文庫 ち 5-1) : チーム滝通(森本泰弘・林俊宏・佐竹敦): 本
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