日没まで1時間という少ないタイムテーブルで超高速城址観光した話
訪問日は 2017-01-02。
取材のために松江城に行った年末旅行の帰路に、寄れるので寄ってみた城ということになります>篠山城。
行くまで、「しのやまじょう」だと思ってました。「ささやま」だとはまったく思いもしなかった。 福知山駅で乗り換えホームについて駅員さんにたずねて、ようやく「ささやま」が正しいと知ったていたらく。
というか、いま、この文章を書いてる時でさえ、油断すると「shinoya…^h^h^h^h^h^h^h」ってなってる。
わりと時間ギリで訪問した
あとでくわしく旅日記エントリで書くつもりだけど、この日、出発でミソが付き、予定のタイムテーブルで移動できなくなった。 つながりのわるい山陰線で、予定の電車を逃すということは、次から次へと予定の狂いが拡大することを意味する。
篠山口駅に着いたとき、時刻は 15:30 を過ぎていた。そして、篠山口駅という名の通り、駅から篠山城まで、けっこう遠い。バスの運賃で言えば 400 円の距離。
篠山城の最寄りバス停となる「二階町停留所」あたり。「城北口」は最寄りじゃないので罠である。というか、なんで「篠山城前」のバス停が無いんじゃ。アホか。観光させる気ないんか?(おそらく篠山城に行く観光客より、春日神社に行く参拝客の方が多く、間をとったのだろうと思うが)
城下町の景観としては、まずまず古い建物も残っているけど、非常に良く残ってるとは言えず、悪くはないけど上の下といったところ。
お城に着いた頃には 16 時を回っており、西の空が赤く染まり始めていた。
東馬出跡。空から見ると「凹」の形をしているこの出丸も、形をじっくり楽しむ余裕は無し。光は刻一刻と減っていた。
北廊下門跡。廊下門ということは渡櫓門だろうか?そうとうに堅固な門だったことであろう。
バリアフリーなのは良いが、いまいちタイルが現代的すぎて、残念だった。
>篠山城(兵庫県篠山市)の見どころ・アクセスなど歴史観光ガイド | 攻城団
https://kojodan.jp/castle/73/
京・大阪の山陰方面玄関口であり、徳川・豊臣が険悪になったころ、天下普請によって築かれた。天守台はあったが天守は立てられず、お城があまりにも堅城すぎるので徳川が怖れたとかなんとか。
豊臣恩顧の大名の資産を減らすために天下普請を命じたものの、彼らの意地が徳川の思惑を上回ったのだとも言えるし、 そもそも「堅城すぎるので徳川が怖れた」という点が巷説にすぎず証拠のあるものではないとも言える。
いずれにせよ、その後も譜代大名が多く入城した事実を見れば、徳川がここを重要拠点と見ていたことは疑いようがない。 篠山城こそ、実戦を最重要視して設計された近世城郭と言うべきだろう。
それはともかく、私には問題があった。すなわち、日没を間際に、外観を撮るのを優先するか、復元大書院の内部見学を優先するか、だ。
復元大書院の入館は 16:30 までだ。この時刻をすぎると入れなくなる。このとき、時刻は 16:09。 しかし、日没は待ってくれない。内部を見学している間にも、だんだんと暗くなっていき、復元ではない現存遺構のあちらこちらが見えなくなるかもしれないのだ。
というわけで、私の出した結論は、大急ぎで復元大書院の見学をすませ、それから可能な限り、城域を回る。…であった。
はっきり言って、篠山口駅に着いたのが 15:30 だった時点で、「全部をじっくり見る」のは不可能になっていたのだ。
篠山城の復元大書院は映画『超高速参勤交代』のロケに使われたそうだ。手ブレしたのは、そのスピード感を出したかったから(というわけではない。あたりまえだ)。
復元されたばかりであるなあ、という感じ。味わいが出てくるにはあと10年は必要だろうか。
市内在住の方が特殊な厚紙で作ったというイミテーション甲冑。クオリティ高い!
自撮りできるモバイル顔ハメ。良いアイデア。私はもっと楽しそうな表情を作れ、という感じだが。
なるほど。ロケに使いやすそうな建物だ。太秦からも、そこそこ近いだろうしね。
空が広くて夕焼けが絶景だった
超高速で復元大書院の見学をすませ、大急ぎで外へ出た。
濠。おお、犬走り、犬走り。藤堂高虎の特徴だ。藤堂高虎の特徴だ。
だいぶ暗くなっており、光量も少なく手ぶれしやすくなっており、若干ピンが甘くなったが、まあなんとか間に合った。
そして、一秒ごとに表情の変わる、幻想的な黄昏時の幸せな時間がやってきたのだった。
周りに高層建築もなく、空が広く、夕焼けの鑑賞ポイントとしては絶景であった(おそらく日の出鑑賞ポイントとしても優秀なのではないか)
篠山小学校。味わいのある校舎だ。渡り廊下がすてき。もっとじっくり見たかった。
下城(というような高さのある城じゃないけど)。おお、犬走り!藤堂高虎っぽい直線的勾配の石垣!
城の南の防衛線である篠山川まで足を運ぶことはできず、ここはかつての東の外堀代わりだった黒岡川。ついに日没った。
そして、日の落ちて寂しくなった街角で、なかなか来ないバスを待ち、篠山口駅に戻ったのでした。
じっくり見たとは言えないけど、絶景を楽しませてもらった、思い出深い城になりました。